
僕が高3から大学1年生になる年の春、相模原ボーイズにコーチとして戻ってきたとき、30期生は中学2年生だった。
公亮は割と初めのころに近寄ってきてくれて、「彼女いるんすか?」とか、「チューしたことありますか?」とか、男子中学生あるあるな過激な質問を繰り出してきた。のぎだいとは、実は2年間ほとんど話した記憶がない。
野木大地
のぎだいは大人と話すのが好きじゃなさそうだったな。話しかけても緊張して話せなくなっちゃうみたいだったから、あんまり話しかけないようにして、プレーのことだけ伝えてた気がする。
話すのが得意じゃないんだよね。伝えることの難しさが人一倍わかっているからこそ、意外とこういう人がコーチになるといいだろうなと思っていたら、まさかまさか本当に戻ってきてくれた。
選手の良いお兄ちゃん的存在で、どん底からの立て直し期だった相模原ボーイズを4年間支えてくれた。36期生が厳しい指導を受けながらも楽しそうに野球を続けてくれたのは間違えなく野木の存在が大きかったし、この春引退する37期生も、戻ってきたときに野木コーチがいないのは残念がると思う。
でも早い段階で「社会人になるタイミングでコーチもやめる」と言っていたから、その分濃密な時間を選手たちと作ってくれたとも思う。
寂しくなるな。選手として2年間、指導者として4年、一緒に野球をやってくれてありがとう。お疲れさまでした。
中村公亮
公亮には中学生の頃に、「グラウンドと私生活で裏表を作るな」とか、結構難しい叱り方をしたのを覚えてるな。なんとなく大人ぶりたいような生意気さを感じたから、目一杯大人扱いしてやろうと思って接してた。
高校野球を引退した直後に大和で焼き肉食べたなそういえば。中学のころから、他人に容赦なくきついことを言えてたこうすけは、コーチになっても口うるさくて一緒に活動していても学ぶところがたくさんあった。
コーチになって戻ってきてくれてもやっぱりリーダー気質がある。仕事が落ち着いたらどこかの学年担当コーチになって、ゴリゴリに中村カラーのチームを作ってくれるのを見たかったな。
公亮は今後も残って一緒にやれると思ってたから、いざいなくなると報告をもらうと寂しいな。一緒に入団して思い入れがあると言っていた37期生と同時の卒団も悪くないか。
選手として3年、指導者として3年、お疲れさまでした。
相模原ボーイズ座間大和支部解散のお知らせ。
加入すると辻本代表の車に乗せてもらえる座間大和支部、2025年春をもって解散だな。
最後に、30期が卒団のときのスライドショーが出てきたから、ちょっと加工したものを貼っておきます。ちなみに、今年の卒団スライドショーに使った、FUNKY MONKEY BABYS 「桜」と、ゆず「友 〜旅立ちの時〜」は30期が卒団するときのスライドショーの曲でした。
※当時は米田代表が作成(させてたらしい)
二人が可愛がってくれた37期の卒団、そして二人の二度目の卒団にあててみるのもよいかなと思って。
また気が向いたら遊びに来てください。
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